西尾市の盛巌寺で関口長太郎先生の法要に参列しました
11月1日、西尾市議会議員の山本道代さんにお誘いいただき、西尾市の盛巌寺で営まれた関口長太郎先生の法要に参列しました。
法要の後には、六角英彰住職のお話を伺い、関口先生のお墓にもお参りさせていただきました。
また、法要に先立ち、関口先生の慰霊顕彰祭とフルートの奉納演奏も行われました。私は今年、法要からの参加となりましたが、来年は顕彰祭から参加し、奉納演奏も聴かせていただきたいと思っています。多くの皆さんが関口先生を大切にし、その志を受け継いでおられることが伝わってきました。

西尾から台湾へ渡った教育者
関口長太郎先生は西尾市のご出身で、西尾小学校の初代校長を務められた教育者です。明治28年、日本による台湾統治が始まった際に台湾へ渡り、台北の芝山巌学堂で台湾の子どもたちの教育にあたりました。芝山巌学堂は台湾近代教育発祥の地として知られています。
当時の台湾はまだ社会情勢が安定しておらず、大変な時代だったと思いますが、関口先生は教育に情熱を注ぎ、子どもたちのために力を尽くされました。

「六士先生」として今も語り継がれる
しかし翌年の明治29年元日、関口先生は芝山巌事件で命を落とされました。この事件では関口先生を含む6人の教師が犠牲となり、後に「六士先生」と呼ばれるようになりました。
教育に身をささげた先生方の志は、130年近く経った今も台湾で語り継がれており、教育の先人として尊敬されています。
地域の皆さんが守り続けてきた功績
今回の法要に参列して強く感じたのは、地域の皆さんによる長年の顕彰活動の尊さです。
関口先生の功績も、かつては地元であまり知られなくなっていた時期があったそうです。しかし、関口長太郎顕彰会をはじめとする皆さんが顕彰祭や調査研究、講演会などを続けてこられたことで、先生の歩みが再び多くの人に知られるようになりました。
歴史は放っておけば忘れられてしまいます。しかし、その歴史を大切に思う人がいて初めて次の世代へ受け継がれていきます。今回お話を伺いながら、そのことを改めて感じました。
漫画『関口長太郎物語』が刊行されています
こうした顕彰活動の一環として、関口長太郎顕彰会の皆さんは、子どもたちにも関口先生のことを知ってもらいたいとの思いから、伝記漫画『関口長太郎物語』を制作されました。
この漫画は、西尾市の補助事業として採択されたほか、多くの皆さんからの支援によって完成したものです。市内の学校や図書館などにも届けられ、郷土の偉人を学ぶ教材として活用されています。
私も今回の法要を通じて、愛知県から台湾へ渡り、教育のために人生を捧げた先人がおられたことを改めて学びました。
関口長太郎先生は、西尾市の誇りであると同時に、愛知県が誇るべき教育者のお一人です。こうした先人の歩みを知り、その志を次の世代へ伝えていくことも、私たちの大切な役割ではないかと思います。
今後も、このような地域の歴史や先人の功績に触れる機会を大切にしていきたいと思います。



