叔父二方の御霊に捧ぐ祈り
母方の叔父二方がそれぞれ、海上・大陸において祖国のため命を捧げられました。もしご存命であれば、母より十歳年上で、今頃は百歳ほどになっていらっしゃったことでしょう。私はこのたび、母の想いを胸に、静かに手を合わせて祈りました。
お二方は私の誕生よりもずっと前に、祖国・家族・そして未来を思い、身を挺して戦場に赴かれました。その御霊を慰めるべく、私は今なお生きている者として、自らの決意を新たにいたします。生ある限り、御霊の安らぎを願い、そしてその尊い志を次の世代へと引き継いでまいります。
祈りの場として
お参りしたのは、三重県津市にある三重県護国神社です。この神社には、明治以降、三重県ゆかりの戦没者・戦災犠牲者約6万余柱が祀られています。
静かな境内を歩きながら、叔父たちの姿を想い、深い感謝の念をささげました。その参拝の中で胸に迫るのは、「受け継ぐべき志と尊厳」です。戦場で果てられたその御霊に、私はただ祈るだけではなく、彼らの思い・覚悟・犠牲を自らの行いとしてつなげていくことが、最も大切だと感じました。
受け継ぐべき志と尊厳
上の兄は海上、下の兄は大陸において戦死されました。戦況という冷厳な現実のなかで、彼らは家族を守り、祖国を守るために最期まで戦ったのだと思います。私が生まれるずっと以前にその役割を担われた「先駆者」であり、今なおその志は消えることなく生きています。
こうして改めて「手を合わせる」という行為は、ただの儀礼ではありません。それは、感謝の念を伝えること、その犠牲を決して忘れないこと、その志を今を生きる私たちが受け継ぎ、実践することという三つの意志を込めた行為です。
「私が生きる限り、御霊の安らぎを願いながら、その志を次の世代へ伝えていく」ことを、心に新たにしました──叔父たちが果たせなかった分まで、今を生き抜く決意を改めて抱きました。
全国にある「護国神社」について
全国には、各都道府県に設置された「護国神社」があります。これは、国事・戦争殉難者の霊を慰めるために整備された神社群で、昭和14年に従来の「招魂社」から「護国神社」へと改称されました。
- 北海道護國神社、札幌護國神社、函館護國神社など
- 東京都の靖國神社もその精神的中核に位置します
- それぞれの地域で慰霊祭や顕彰行事が行われています
こうした護国神社の存在は、「個人の犠牲を記憶するだけでなく、未来に意義をつなぐ場」でもあります。私自身が参拝することで、叔父たちの御霊のみならず、そこに託された志を自覚し、日常の中に落とし込みたいと考えています。
未来を担う私たちの責務
叔父たちにとって、戦場で果たされなかった役割があったかもしれません。家族と再会すること、平穏な暮らしを取り戻すこと、あるいは地域社会に貢献すること。多くの「英霊」が抱えた思いは、今を生きる私たちに静かに託されています。
その志を次世代へ伝えること。それは言葉だけではなく、行動によって示されるべきもの。地域活動、公的使命、日常の中の姿勢──それが「志を継承する」ことだと信じています。
私はこれからも、母の想いとともに、叔父たちの御霊の前に手を合わせ、そして「誓い」を新たにいたします。御霊の安らぎを願いながら、かつて祖国のために散華されたお二方の尊厳と志を、私自身の行動として示してまいります。
どうか、御霊安らかに。
そして、私たちに託されたこの思いを、決して忘れずに。



